幾つかのお茶をめぐる寓話


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『父の淹れるお茶』

私は小さい頃から父と話すのが苦手でした。
というより、仕事の関係でほぼ家にいない父とはすごく距離感があったように思います。

ですから、思春期に入った頃からますます話すことがなくなり、
極端な時では同じ部屋に二人でいても、何も会話しないなどということが多々ありました。

段々とそれが自然なことになり、母とは普通に話せても父とは
話さないという日常がありました。

結婚が決まり、結婚式にも黙って出てくれました。
孫が出来たら喜び、一緒に遊んでくれました。

そんな時でも直接私と父が話すことはあまりなかったです。

そんな父も定年を迎え、家事など一切やったことがない父が、
少しずつ台所に立つ回数が増えました。

母はおだて上手なので、父はお皿を洗ったり、掃除をしたり。

そんな父が一番こだわっていること、それはお茶を入れることです。
お湯を沸かし、ある程度多分70度くらいでしょうか、そこまで冷ましちょっと高価な
緑茶を急須に入れた後にそのお湯を注ぐ。

もちろん人数分湯のみではかったお湯を注ぎ、
最後の一滴まで注ぎきります。

私が実家に帰る度に、父はそうやって
お茶を入れてくれるようになりました。

それがきっかけで、自然と父と会話が出きるようになりました。
お茶のおかげという気がします。


『あるエレキギタリストから聞いたお話』

これは日本が代表する世界的なエレキギタリストから、私が直接聞いたお話です。

もう三十年近くも前の話ですが、私はこのエレキギタリストのバンドボーイをやっていました。

この方は日本国内のエレキファンにも多大な影響を与え、
当時来日した世界で活躍するロックバンドのギタリスト達からも
ファンとしてサインを求められるような、大物ギタリストです。

私はそんな世界的な大物ギタリストのバンドボーイとして入寮し、
バンドの大型バスに乗って、日本全国ついてまわりました。

バンドボーイの主な仕事は、
この方の朝のお迎え、衣装の管理、弦の補充、
楽器の運搬、機材の手入れ、舞台での機材運搬とセッティング、
楽屋での化粧箱の管理などです。

その合間に、自分でも暇さえあればギターの練習をしていました。

そんなある日、楽屋で師匠ともいうべき、
その大物ギタリストに質問をされました。

「ステージに立つ前に何で手を洗うと一番いいか知ってるか?お茶で手を洗うんだよ」

ギタリストの手というのはデリケートです。

例えば、ちょっと部屋の整理をすると、それだけで指の股に違和感ができたり、
ギターのネックを触った時に滑りが悪くなってしまうのです。

この妙な違和感は、おしぼりで手を吹く程度の事では治らないので、
私はすぐに水道で手を洗います。

時には石鹸で入念に洗うのですが、その大物ギタリストは、
お茶で手を洗うのが一番だと教えてくださいました。

そう言われてみれば、お茶にはカテキンなどの栄養も含まれていますから、
肌にもいいですよね。石鹸だと手荒れの心配が多少ありますから、
やはり経験を重ねたプロならではの有難い御教示だったと思います。


『茶摘み、茶揉み』

私の田舎は三重県の山間部です。小学校を卒業するまで育った
寒村の生活の一部をご紹介します。

これは昔話ではなく、村の一部の農家では今も続いている作業です。

八十八夜の頃になりますと、屋敷の周りに植えたお茶の摘みごろになります。
小さな子供も交えて一家総出でお茶摘みをします。

ベテランのおばあちゃんは体は小さいが、
葉を摘む速さはこどもの目には機械のように見えました。

摘んだ茶は腰につけたビクに入れます。炊事場では母がお湯を大きな釜に
ぐらぐらと沸かしています。その上には摘みたてのお茶を蒸すための
「せいろう」が置いてあります。

蒸しあがったお茶は庭のむしろの上に広げます。

おばあちゃんが茶色く変色したお茶を
アツアツと言いながら揉んでます。私も真似をして揉みます。

何枚ものむしろに揉みあがったお茶の葉が干されます。
干しあがるのは天気次第です。

いい頃に出来上がると、「今夜は新茶を飲もうかの」と言って、
おばあちゃんは淹れてくれます。いわゆる自家製の番茶です。
ちょっとせんじ薬のような味がしたとうっすら覚えています。

今のように色々な種類の飲み物があれば
私は飲めなかったのではないかと思います。
当時は家族総出で作ったお茶を、次の季節まで飲み続けるわけです。

味を除けば、本当にいい時代に育ったなと感謝しています。


『厳格な祖父の』

私の祖父はすごい厳格な人でした。
昔かたぎを絵に描いたような日本男児。

めったに祖父の家には行ったことがありませんが、行く度に祖母はしんどいだろうなあ、
と感じると同時にあんな厳しい祖父と何十年も一緒にいて
すごいなあと感心していました。

今の時代を生きている私にはとても出来ません。
女は家にいて家事一切をするもの、インスタント食品などは一切口にしませんし、
料理の品数もたくさんないとダメです。

お茶も一回一回ちゃんと葉を変え、適温なもので濃さも決まっていて、
祖母は嫌な顔一つせずに入れていました。

そんな祖父に、
ちょっとしたいたずらをしようと
姉が言い出しました。

私は

やめた方がいいよ、

って言ったんですが。

ペットボトルのお茶など一回も口にしたことない祖父ですが、
一度最近のおいしいと言われているペットボトルの緑茶を買ってきて、
温めて出してみない?

わかるかなあ、おじいちゃん。

祖母もその話に乗ってきました。
でもばれたらすごく怒られるんでは、と思いましたが
やってみることに!

祖父は適温に温められたそのお茶を飲み、

全く気づかずに新聞を読んでいました。

新聞を読みながらお茶を飲む祖父

別室で家族たちは大笑いでした。
気難しい祖父がお茶目に見えたエピソードでした。

そんな祖父ももう亡くなり、皆が集まった時の
一番の祖父の思い出話となっています。

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